近代建築の巨匠ル・コルビュジエの傑作『ラ・トゥーレット修道院』

近代建築の巨匠ル・コルビュジエの傑作『ラ・トゥーレット修道院』

計算された審美性を実現したル・コルビュジエ作品の傑作

 

ル・コルビュジエ建築の哲学を結集させたラ・トゥーレット修道院

フランスのリヨンから北西に35キロメートルほどのところ、人里離れたなだらかな丘陵に「サント・マリー・ド・ラ・トゥーレット修道院(Couvent Sainte-Marie de La Tourette)」がそびえたつ。モダニズム建築の巨匠と讃えられた建築家ル・コルビュジエ(Le Corbusier)の傑作の一つだ。

 

 

ル・コルビュジエという名は、彼が1920年に創刊した雑誌『レスプリ・ヌーヴォー(L’esprit nouveau)』への執筆を機に用いるようになったペンネームで、本名はシャルル=エドゥアール・ジャンヌレ=グリ(Charles-Edouard JEANNERET-GRIS、1887年-1965年)という。ル・コルビュジエは、フランスとの国境に近いスイスのジュラ地方の町ラ・ショー・ド・フォンで生まれた。ラ・ショー・ド・フォンといえば、タグ・ホイヤーやジラール・ペルゴなどの高級時計メーカーが本社を置くスイス時計産業の中心地として知られ、いわば、高級時計のメッカ。ル・コルビュジエは、時計職人の次男に生まれ、家業を継ぐために地元の装飾美術学校に通うが、彼の関心はやがて絵画や写真、建築に向けられていく。 

1908年、当時20歳のル・コルビュジエはパリに上京し、鉄筋コンクリート建築の先駆者オーギュスト・ペレ(Auguste Perret、1874年-1954年)と出会う。運命の出会いといえよう。

オーギュスト・ペレは第二次世界大戦のノルマンディー上陸作戦で破壊されたフランス北西部の都市ル・アーヴルを再建し、20世紀における都市計画の優れた例証として高い評価を得た建築家だ(2005年にル・アーヴルの町がユネスコ世界遺産に登録されている)。ペレはご存知のように「コンクリートの父」と呼ばれ、フランスの近代建築史で重要な役割を担った。別の機会にぜひ紹介したい。

そのペレが、ル・コルビュジエのデッサン画をみて、建築学の専門的な教育を受けていないル・コルビュジエの潜在的な才能を見抜いたのだ。ペレはル・コルビュジエに事務所で働くようにと勧め、製図工として雇った。そして、ペレはル・コルビュジエの美的センスをより高めるために、フランスの中央山地に架けられたギュスターヴ・エッフェル(Gustave Eiffel、1832年-1923年)のガラビ橋やアンリ・ソヴァージュ(Henri Sauvage、1873年-1932年)のパリの建造物、さらにはトニー・ガルニエ(Tony Garnier、1869年-1948年)のリヨンの建造物を巡らせたという。

1910年、ル・コルビュジエは、インダストリアルデザイナーとして名高いペーター・ベーレンス(Peter Berhrens、1868年-1940年)の事務所にも籍をおき、建築を実践のなかで学んでいった。 

1911年から半年かけて、ル・コルビュジエは、プラハ、ウィーン、ブダペスト、トルコ、ギリシャ、イタリアを旅する。この旅で見たものは水彩やクロッキーで描き、感じたものは手帳に綴り、後にル・コルビュジエの創作活動におけるインスピレーションの源になる。『東方への旅(Voyage d’Orient)』と題して出版され、SD選書から翻訳本が出ているので是非ご一読を! 

1922年、ル・コルビュジエは従兄弟のピエール・ジャンヌレ(Pierre JANNERET、1896年-1967年)とともに建築事務所を構え、本格的に建築家としての道を歩みだした。そして、1923年、「レスプリ・ヌーボー」誌等に掲載した自らの記事をまとめた著作『建築をめざして(Vers une architecture)』を出版(SD選書から翻訳本が出ている)し、これにより世界中の建築家の注目を浴びるようになった。とくに本書で提言された「住宅は住むための機械である(Une maison est une machine à habiter)」という言葉、ル・コルビュジエの建築思想を代表する名言として頻繁に引用される。

「ラ・トゥーレット修道院」は、1952年にドミニコ会修道院のル・クチュリエ神父から、戦時中に修道会が購入したリヨン郊外の敷地に、「伝道する修道士のための瞑想、学び、祈りの場」としての修道院を建てて欲しいという依頼を受け、ル・コルビュジエが手掛けた宗教建造物である。

余談だが、1950年、ル・クチュリエ神父はフランシュ・コンテ地方のロンシャンに礼拝堂を建設する際にもル・コルビュジエに依頼している。シェル構造のうねった屋根が特徴の「ロンシャン礼拝堂」も世界遺産に登録され、多くの観光客を集めている場所だ。

話を戻すが、「ラ・トゥーレット修道院」は、修道士の僧房、教会堂、回廊、参事会室、図書室、食堂、厨房、アトリウムなどから構成される。

外から見れば一目瞭然だが、緩やかな斜面に建てられた修道院は、ル・コルビュジエのトレードマークともいえる「ピロティ」と呼ばれる柱構造で地上からの高さを調整し、床面を水平にしているところが特徴的だ。 

修道院の入口前に、鳥居のような形をしたコンクリート造の門がある。俗世から聖域に入る儀式のように、その門を通り抜けて中に入る。一瞬、気持ちが引き締まる。門というのはそういうものかもしれない。

門を抜けると修道院のエントランスになるが、3階部分に位置する。教会堂、アトリウム、食堂は中庭を囲む細い廊下でそれぞれが繋がってる。

一見すると、修道院とは思えないコンクリートブロックの建築物にみえるかもしれない。そこに、ル・コルビュジエは、「コの字型」に囲む矩形の建物と教会堂で中庭を造りだすことによって、修道院にみられる回廊と中庭という伝統的な修道院の建築様式に新しい解釈を試みている。そこにル・コルビジュエの前衛性が現れていてたいへん興味深い。

 

 

廊下の中庭側は、「波動式ガラス壁」が導入され、全面のガラス壁にコンクリート製のマリオンが波のように配置されている。「波動式ガラス壁」とは、ル・コルビュジエが「新しい建築の5つの要点(通称、「近代建築の五大原則」)」で提唱する「水平連続窓」の応用で、「モデュロール(Modulor)」の比率に従って窓ガラスとマリオンが波打つように複雑に配置されたものだ。

「モデュロール」という言葉をル・コルビュジエ建築でよく耳にするが、フランス語の寸法(module、モデュール)と黄金分割(section d’or、セクションドール)を組み合わせたル・コルビュジエの造語で、人体の寸法と黄金比から建造物の基準寸法を決定するシステムである。「モデュロール」は、ル・コルビュジエの弟子で建築と数学を専門とし、のちに音楽家として知られるヤニス・クセナキス(Iannis Xenakis、1922年-2001年)の発案で、当ラ・トゥーレット修道院の「波動式ガラス壁」で採用されている。

「波動式ガラス壁」の窓から差し込む自然光によって床面に描かれる直線的な影は、常に角度を変えて「リズミカル」な動きをみせ、クセナキスの「音楽的センス」を反映し、計算された芸術性が感じられる。

 

 

食堂は直方体の広々とした空間に、太い円柱が配置され、伝統的な教会の身廊を想起させ、「波動式ガラス壁」の幾何学的模様が、抽象画家ピート・モンドリアン(Pieter Mondrian、1872年-1944年)の作品『コンポジション』を彷彿とさせる。

全面のガラス壁から明るい光が差し込み、窓の外にのどかな田園風景が広がる。開放感に溢れた空間で修道士の団欒の様子が目に浮かぶようだ。

 

 

教会堂は一切の装飾を排し、打ち放しのコンクリート壁に囲まれた巨大な箱空間をなす。

上部のスリットや水平窓、「光の大砲」と呼ばれる天井から斜めに突き出した筒形の開口部から差し込む自然光によって、コンクリート壁で囲まれた暗い内部空間に明暗のコントラストが生まれ、外光の強度や角度が季節や天気、時間によって変化することで、光と影が織りなす立体的な美しさが加わる。

教会堂に足を踏み入れると、厚い石の壁からできたロマネスク教会に身をおいたときと同じ感覚を覚え、崇高で神聖なる空間にいることを肌で感じることであろう。 

ル・コルビュジエは、ラ・トゥーレットの設計にあたり、南仏プロヴァンス地方にあるシトー会派の「ル・トロネ修道院」を訪れ、深い感銘を受けたという。ル・トロネ修道院は人里離れた丘のふもとの傾斜地に石のみを建築材料に建てられ、内部も外部も装飾を排し、石の壁の重々しい空間のなかに差しこむ光と影が神聖なる空間を生み出している。なるほど、ラ・トゥーレット修道院の原点がそこにあるのか。 ル・トロネ修道院を訪問したときの感動がよみがえる。

ル・コルビュジエが追及した近代建築は、確かに伝統から切り離された機能主義や合理主義を信条としているが、宗教建築作品を見る限り、それは伝統建築の否定ではなく、鉄、コンクリート、ガラスといった工業生産による建築資材を用いて、石造りやレンガ造りではできなかった建築表現を実現し、民族、地域、宗教を超えた普遍的なスタイルを確立しようとする新しい試みであったと、勝手な解釈であるが、自分なり納得できた。

そうはいっても、当時、この斬新な建築物を受け入れるドミニコ会の伝統にとらわれない自由なエスプリに驚きと敬意を覚えてやまない。

 

 

ラ・トゥーレット修道院は、2016年にル・コルビュジエ建築作品として世界遺産に登録された(正式な登録名称は「ル・コルビュジエの建築作品 - 近代建築運動への顕著な貢献 - 」)。

ドミニコ会派の修道士の案内で内部見学が可能だ。

修道士の僧房は残念ながら見学不可であるが、宿泊が可能だ。部屋の広さは「モデュロール」によって最小限の空間に計算され、幅1.83m(身長6フィート、つまり183cmの男性の立位寸法)、奥行き5.92m、高さ2.26m(身長183cmの男性が片手をあげたときの高さ)で設計されてる。洗面器と簡素な家具が備え付けられ、バルコニーからは美しい自然景観を楽しめる。ちなみに家具は竣工当時のまま変わっていない。次回は僧房の宿泊を体験したい。

 

 

【ラ・トゥーレット修道院(Couvent de La Tourette)】

  • 住所:69210 Eveux-L’Arbresle France
  • 電話番号:+33 (0)4 72 19 10 90
  • 見学日:日曜日(予約要)
  • 見学時間:14:00あるいは14:30(受付は見学開始に15分前まで)
  • 夏季見学時間(7月、8月):要確認
  • 見学料:大人10ユーロ
  • 見学所要時間:およそ1時間30分
  • 備考:
    見学は修道士の案内で行われます。年末年始、行事のある日は見学できません
    個人参加の場合、見学の予約は不要です
  • サイト: https://www.couventdelatourette.fr
  • アクセス:リヨン・パールデュ―(Lyon Part-Dieu)駅からローカル線でラルブレル(L’Arbresle)駅下車(乗車時間30分)、「Couvent La Tourette」の標識に従って徒歩30分。

 

マダムユキより

文・写真:マダムユキ(著作権保護により無断複写・複製は禁じられています)

 


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